冬が間違っている【創作童話】

息子は幼稚園を卒園してから、急に間違い探しに目覚めた。

最初のころは、息子が間違いを見つけ、目をキラキラさせて教えるので、私も大袈裟に褒めていた。

図書館に行くたび、間違い探しの本ばかり借りるようになった。

簡単な間違いはすぐ見つけるが、難易度の高い残り2つくらいは、

「見つからない!」

と、足をバタバタさせて騒いだ。

私が教えようとすると、

「言わないで!」

と泣いて怒る。

最近は、息子が見つけるまで黙っている。

「ママ、あったよ。」

私は洗濯物を畳む手を止めて、同じ部屋で本を読む息子に近づく。

「どれ、どれ?」

「冬が間違っている。」

息子の本を覗き込む。

「あっ。」

息子が読んでいたのは、サンタクロースの本だった。

毎回毎回、間違い探しの本を借りていたので、たまには物語も読んで欲しいと思い、近くにあったサンタクロースの本を借りたのだった。

息子は半袖を着て、アイスを食べるサンタクロースの上の、入道雲を指差している。

「ママ、冬が間違っているよね?」

息子は確信に満ちた目で、私をまっすぐに見ている。

「冬は間違わないよ。これは、夏休みのサンタさん。

 たまには、物語が読みたくて、ママが借りたの。」

息子は、納得がいかない様子で、「ふう〜ん。」と言い、間違い探しの本に手を伸ばした。

私はサンタクロースの本を閉じた。

表紙のサンタクロースも半袖短パンで笑っている。

どちらかというと、間違っているのは冬じゃなく、サンタクロースの方ではないか…?

冬は間違えないよ。

私は洗濯物を畳みながら、息子に目をやる。

息子は真剣な顔で、間違いを指折り数えている。

「明日の入学式、大丈夫かな。」

 

間違い探しにハマり出してから、息子は日常生活でも、

「ママ、間違っている!」

と言うようになった。

リモコンの置き場所が少し違うだけで、「ママ、間違っている」

出かける時には履きたくない靴を見つけて、「ママ、間違っている」

夕食の時、私がサラダの次にご飯をたべようとしたら、「ママ、間違っている」

一日中、目を光らせて、息子の思いと少しでも違うなら、「ママ、間違っている」

一日に何度も間違いを言われると、正直疲れる。

子育てにも、間違い探しの本のように、正解があればいいのに。

 

洗濯物を畳み終え、ため息が出た。

「小学校、大丈夫?」

私の心配もよそに、息子は

「大丈夫、大丈夫。」

と、本から目も上げずに、呑気に答えた。

 

入学式。

曇り空だけど、桜はまだ咲いている。

式が終わったら、写真を撮ろう。

体育館には手作りの花が飾られて、華やかだ。

ただ、空気がひんやりしていて、手が悴むほど寒い。

幼稚園では頼もしい年長さんだった息子も、小学校では一年生。

小さく、幼く見える。

緊張して、口を一文字にしたまま座っている。

きちんと返事ができますように。

私の手に力が入る。

「ハイ。」

名前を呼ばれて、私の席まで聞こえる声で返事ができた。

これで、息子も小学生だ。

 

無事、入学式が終わり、外に出た。

「うそでしょ?」

天気予報で2月並みの寒さと言っていたのを思い出した。

でも、まさか雪がふるなんて…。

桜の花を否定する様に、雪景色が広がっている。

ああ、あの時も、雪が降っていた。

遠い記憶が、よみがえる。

 

3年前、幼稚園に入園したあと、息子は朝は必ず泣いた。

その日は、とても寒く冷たい雪が降っていた。

幼稚園中に響く大きな声で泣く息子を、私は置いて帰ることができなかった。

ずっと息子のそばにいる私に、先生が「大丈夫ですから」と私が帰るように促した。

「でも…」

動けない私に、先生は、もう一度、はっきりと言った。

「別れ際が寂しいだけです。大丈夫ですよ。」

私は傘で息子の姿を見ないように隠し、逃げるように幼稚園を出た。

「ママー!」と叫ぶ息子の声が背中にささって痛かった。

季節外れの雪が、とても寒く感じた。

息子が泣き止むまでそばにいるのが母親だと思っていた。

でも、早く息子と離れた方がすぐ泣き止むし、気持ちも切り替えられると、後から先生に教えられた。

私は間違っていた。

どんよりとした雲も、傘に積もる雪も、私には重かった。

 

小学校の入学式に、こんなことを思い出すなんて。

雪が薄っすら積もって白い校庭を、息子が走り回っている。

ほんの少し、日がさして、空気が暖かくなってきた。

薄いピンクの桜を白い雪が包み込んでいる。

雪が毛布となって、桜を守っているみたい。

「きれい。」

心の声がもれた。

「ママ、冬が間違っているね。」

スーツ姿の息子が、ニカッと笑う。

そっかあ、季節だって間違えるんだ。

私だって、間違えてもいいんだ。

雪が桜と戯れあって、キラキラ輝いて楽しそう。

「ほんとだ、冬が間違っているね。」

私も、息子の真似をして、ニカッと笑った。

 

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