「お母さん、テレビが映らないよ。」
お姉ちゃんが、テレビのリモコンを持って、ぶーたれている。
「音は出ているんじゃない?
修理すれば直るかな。」
お母さんがキッチンから覗き込む。
「えー、直すの?新しいのに買い換えようよ。」
「お父さんにも聞いてみるから、あなたは早く学校に行きなさい。」
お姉ちゃんは、「やばい」と言って、急いで出かけた。
その日の午後。
お母さんは、外でご近所さんとおしゃべりしてる。
家の中は、シーンと静かだ。
窓の近くの日陰を、一匹のアリが歩いている。
「アリさん、ボクを助けてください。」
アリは家の中を覗き込むが、誰もいない。
「アリさん、ボクはテレビです。
真っ黒になったので、捨てられてしまいます。
お願いします。助けてください。」
なんだか面倒臭そうだなあ。
アリは聞こえなかったことにして、その場を立ち去ろうとした。
「お礼はきちんとします。
ここの家のお姉ちゃんはアイスが大好きで、いつも、その窓際で外を見ながら食べています。
そのアイスをアリさんに差し上げます。」
それはいつもアリが狙っていたアイスだった。
でも、本当にそんなことが出来るんだろうか。
「アリさん、お願いします。」
「しょうがないなあ。」
アリは窓の隙間から中に入った。
「で、何をすればいいの?」
「まず、僕の左の方の穴から中に入って、2段目まで登り、左側にある緑色のコード…」
「ちょっと待って。説明が長いよ。一度に言われても分からないから、ゆっくり行こうよ。」
アリは左の穴を探して、中に入った。
「あのー、暗くて何も見えないよ。」
パチっと音がして、明るくなった。
「これくらいで見えますか。」
「うん、大丈夫。明るくなったら、埃がすごいね。で、どうするの?」
「2段目まで登って…」
アリはテレビの指示通りに、埃の中を動く。
「で、コードを繋げて、このネジを回せば終わりか。あー、しんどかった。」
「アリさん、ありがとうございました。無事直りました。」
「はいはい、お礼、忘れないでね。」
この埃だらけの場所から早く出ようっと。
なんだろう。下の方でキラキラしているのが見える。
テレビは、嬉しくて歌いながら、アリが出てくるのを待っている。
アリさん、遅いなあ。
帰り道、迷ったのかな。
テレビの左の穴から桃色、黄色、水色のビーズがポトポト落ちた。
その後で、アリが顔を出す。
「これも、もらっていくね。」
アリは、黄色と水色のビーズをひろって、窓の隙間から外へ出た。
お姉ちゃんが小さい頃に遊んでいたビーズだった。
懐かしいなあ。
あの頃は、ボクのこと、友達だって言ってたよなあ。
秘密の話をたくさんしてくれた。
床に転がった桃色のビーズを、テレビは黙って見ていた。
夕方、お姉ちゃんが帰ってきた。
早速、窓際で棒アイスを食べ始める。
突然、ブッブーバチっと音がして、テレビが映った。
テレビには、小さな頃のお姉ちゃんが映っている。
小さな手に色とりどりのビーズを乗せながら、テレビに話しかけている。
「これは、わたしの、たからもの。ママには、いわないでね。」
小さなお姉ちゃんは、ビーズを一つずつテレビの穴に入れていく。
ザーザーブチっと音がして、テレビは黒い画面に戻った。
お姉ちゃんはびっくりして、手からアイスが落ちた。
「今のは、何?」
リモコンでテレビをつけると、夕方のニュースが流れた。
「お母さん、テレビ、直ったんだ。」
お姉ちゃんはアイスを口に入れようとして、手にアイスがないことに気がついた。
「やばっ。」
慌ててタオルを取りに行くお姉ちゃん。
アイスの上で、アリがブイサインをしている。