漁師は海で釣りをしています。
今日は、彼の娘の3歳の誕生日です。
どうしても、鯛を釣って帰るぞ。
気合は十分ですが、さっぱり釣れません。
諦めて帰ろうとしたとき、やっとヒラメが釣れました。
「ヒラメでもいいか。」
漁師が網からヒラメを取ろうとしたとき、
「お願いします。
私を海に返してください。」
ヒラメが頼みました。
「それは、できない。
今日は、乙の、娘の誕生日なんだ。
本当は、鯛が良かったが、
何も無いよりは、いい。」
「わかりました。
私が鯛を連れてきます。
どうかお願いします。」
「本当だな?
約束だぞ。」
漁師は、ヒラメを信じて、逃しました。
しかし、待っても、待っても、ヒラメも、鯛も釣れませんでした。
仕方がない、残念だけど、帰るしかない。
その時、突然、竜巻が起こりました。
漁師は、竜巻にのまれて、どこかへ飛んでいきました。
海辺では、おじいさんと娘が漁師の帰りを待っていました。
「お父ちゃんが、大きな鯛を釣ってくるぞ。
鯛を食べて、もっと、もっと大きくなれ。」
その時、海の上に竜巻が見えました。
「あんなのに巻き込まれたら、大変だ。」
おじいさんと娘は、走って家にもどりました。
漁師が鯛を釣りに行ってから、3日が経ちました。
おじいさんと娘は、海辺に座り、漁師の帰りを待っていました。
「ばあさまも、いない。
母ちゃんも、いない。
父ちゃんも、いなくなってしまった。
これから、この子とどうやって生きていけば。」
そこに竜神が現れました。
「頼みたいことがある。
この玉手箱を預かって欲しい。
ただし、決して開けてはなるまい。」
竜神は、それだけ言うと、玉手箱を置いて、消えて行きました。
おじいさんは、腰をぬかして、歩けなくなってしまいました。
その後、なんとか家に帰ってきたおじいさんと娘。
二人で玉手箱をまじまじと眺めました。
宝物が入っている?
ならば、今すぐ開けてしまおう。
待て待て。
魔物が出て、命を落とす?
ならば、絶対に開けていけない。
開ける? 開けない?
おじいさんは頭が痛くなるほど、考えましたが、
結局、戸棚の奥にしまい、「絶対に開けない」と娘と約束しました。
それから、1年が経ちました。
今日は、娘の4歳の誕生日です。
おじいさんは、一年前に痛めた腰が治らず、ずっと寝たきりのまま、
昨日、天国にいってしまいました。
とうとう、娘は一人になってしまいました。
娘は、誰もいない海辺で、一人泣いていました。
そこに、竜神が現れました。
「お主のことを託されている。
ただし、決めるのは、お主自身。
わしと竜宮城で暮らすか、一人でここで暮らすか。」
「りゅうぐうじょうに、いく。」
娘は、おじいさんの形見の玉手箱だけを持って、竜宮城にいきました。
竜宮城は、とてもキレイなお城でした。
おいしい料理を食べることができました。
竜神は留守にすることが多く、娘は毎日ぼーっとして過ごしていました。
そして、夜になると、娘はいつも泣いていました。
ある夜、竜神が帰ってきました。
「なぜ、泣いておる。」
「ここは、とっても、さみしいの。
おへやは、きれいだし、
おりょうりも、おいしいの。
でも、おはなが、さいてない。
ふゆに、ゆきは、ふるの?」
「わかった。」
竜神が大きく息を吹きかけました。
すると、
東側には、梅や桜の花が咲き、鳥がさえずり、
南側には、木々が青々としげり、セミが鳴き、
西側には、紅葉が赤く色づき、鈴虫の声が響き、
北側には、木々の葉は落ち、雪が降り、
いつでも、四季が味わえるようになりました。
「とっても、すてき。
わたし、ここを、すてきでいっぱいにするわ。」
それから、さらに3年が経ちました。
娘のおかげで、竜宮城は、とても素晴らしい場所に変わりました。
娘の提案で、海の中でも目立つように、柱を朱色に塗りました。
娘の指導で、鯛やヒラメは、踊りが上手になりました。
あっという間に時が過ぎ、今日、娘は7歳になります。
娘は、一年に一度、しまっておいた玉手箱を出します。
絶対に開けない。
おじいさんとの約束をずっと守っていました。
娘は、玉手箱を大切に撫でています。
そこに、ヒラメが慌てた様子で、やってきました。
「やっと、思い出したよ!
その玉手箱をどこかで見たことがあると思ってたんだ。
もう、ずっと、ずっと前のことだけど・・・」
ヒラメは、体をヒラヒラさせながら、話し始めました。
「ずっと昔、漁師の針に、うっかり引っかかって、釣られてしまった。
その漁師は、娘の3歳の誕生日に鯛を釣りたいって言った。
ぼくは、逃してもらうかわりに、鯛を連れてくると約束をした。
でも、その日に限って、鯛が見つからなかった。
それで、逃してくれたお礼に、その漁師を竜巻にのせて、
竜宮城に連れてきた。
だけど、漁師は、『早く娘の所に帰りたい』と言って、
美味しい料理を出しても、全然食べない。
ぼくは、お礼がしたかった。
一口でもいいから食べてほしかった。
だけど、どんな料理を出しても、漁師は食べなかった。
そうしているうちに、3日が経ってしまった。
このままでは、漁師が死んでしまうって、竜神様が言った。
だから、漁師を元の世界に送り帰すことにした。
その時のお土産が、玉手箱だった。
でも、『玉手箱もいらない』って、漁師は断ったんだ。
ぼくは、何もお礼ができなかった。
そうしたら、別れ際に漁師が言った。
『その玉手箱は、娘に渡してほしい。』
『もし、お礼がしたいなら、娘にしてほしい。』
ぼくは、竜宮城に戻ってから、
漁師に玉手箱を渡せなかったこと、
漁師にお礼ができなかったこと、を竜神様に話した。
でも、まさか、
その玉手箱を、乙姫様が持っているとは、思わなかった。」
娘は、初めて聞く話に驚きました。
「今、お家に帰ったら、お父ちゃんに会えるの?」
「それは、ムリ。
ここで過ごす時間と、元の世界の時間は進み方が違うんだ。
乙姫様は、ここで3年くらい過ごした。
元の世界では700年くらい経っていると思う。」
だから、3日経っても、1年経っても、お父ちゃんは帰って来なかった。
でも、もっと、ずっーとあとに、お父ちゃんは帰ってきたんだ。
もし、あの時・・・竜神様がきた時、
私が竜宮城に行かないって言っていれば、
お父ちゃんに会えたかもしれなかった。
お父ちゃん、ごめんなさい。
お父ちゃんは、ずっと私のことを思ってくれていたのに。
今、わたしにできることは、あるのかな?
「ねえ、この玉手箱の中には、何が入っているの?」
「うーん、なんだっけ?
聞いたような気もするけど。」
「絶対に開けないようにって、言われているの。」
「うーん、分からないけど・・・
竜神様が開けるなって、言うなら、開けないほうがいいよ。
絶対に!」
「そうかな。
開けたら、お父ちゃんに会えたりするかな。」
「いやいやいや。
いやいやいや。
そうだ!
漁師さんが大切な娘にって残したものなら、
乙姫様も、大切な人に渡したら、いいんじゃない?」
「大切な人って?」
「うーん、分からないけど。
玉手箱を絶対に開けない人とか?
乙姫様が渡したいと思える人とか?」
娘は、しばらく考えました。
いっぱい考えても、どうすればいいのか、分かりませんでした。
仕方がないので、娘は、「絶対に開けない」という
おじいさんとの約束を守ることにしました。
そして、玉手箱は、今まで通り、大切にしまっておきました。
それから、月日は流れ、
娘は、とても素敵な大人になりました。
そんなある日、亀に連れられて、浦島太郎が竜宮城にやってきました。