はじめは「にー」 【創作童話】

こども園から帰ってくると、娘は、なぜかいつも怒っている。

「嫌なことがあったの?」

「うん。

 おともだちがたたいてくる。」

娘は、毎日、隣の席のお友達に叩かれているらしい。

先生に確認してみた。

叩く子がいるのは、たしかなようだ。

でも、いじわるではなくて、遊びたいという感情表現らしい。

 

娘が、私を叩くようになった。

怒るとき、泣くとき、私を叩く。

「叩かれたら、嫌でしょ?

 叩いちゃ、だめだよ。」

怒られて、また、私を叩く。

 

娘は、可愛いものが大好きだ。

戦いごっこは、好きじゃない。

遊びでも、感情が爆発しても、叩くことは好きじゃないはず。

 

大きな鏡を買った。

私の全身が映るほどの大きな鏡。

娘は、鏡の前で、ポーズをとって、喜んでいる。

服を着替えるたびに、鏡の前に立つ。

お気に入りの物を持って、鏡の前でポーズをとる。

鏡の中の娘は、いつもニコニコ笑っている。

鏡に映る私は、いつも怒った顔をしている。

普通の顔が怒っている。

 

「にー」と笑ってみた。

鏡に映る時は、「にー」と笑うことにした。

洗濯物を持ったまま、鏡に映ったら、「にー」と笑う。

娘の後ろから、鏡の自分に「にー」と笑う。

「ママ、じゃま。」と言われても、鏡に「にー」と笑う。

娘にも、「にー」と笑いかける。

「ママのかお、おかしい」と、娘が「あはは」と笑った。

娘の笑いにつられて、私も「あはは」と笑った。

 

こども園の迎えの時も、思いっ切り「にこにこ」で笑ってみた。

娘も、にこにこ笑って、帰ってきた。

 

鏡の前で笑ってみる。

「にー」と笑う。

「にこにこ」と笑う。

そのままの顔で、娘をみた。

不思議と、娘が可愛くみえた。

 

一日に一回、娘と笑う時間を作ろう。

寝室で寝るまでの時間だけは、「にー」と笑っていよう。

娘が布団の上で飛び跳ねても、「にー」と笑っていよう。

お風呂の時間は、「にー」と笑っていよう。

娘がお湯をかけてきても、「にー」と笑っていよう。

ごはんの時間は、「にー」と笑っていよう。

娘がふざけていても、「にー」と笑っていよう。

はじめは、作り笑いの「にー」でもいい。

それが、いつか、本当の「あはは」になる。

 

 

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