夏休み、お父さんとお母さんと3人で、うつのみや動物園に行った。
動物園は、保育園の遠足以来だ。
小学校を頑張ったから、ご褒美だって。
ぼくは、小学校も、保育園みたいに楽しいと思ってた。
でも、違うんだ。
ずっと座っていないといけないし、
毎日、宿題は出るし、
忘れ物もするし、
先生には怒られるし・・・。
ぼくだって、きちんとしたい。
きちんとできるって思ってた。
先生がいう「きちんと」が、何なのか、もう分からなくなった。
今日は、学校のことは忘れて、うつのみや動物園を楽しむぞ。
入口を入ってすぐ、ハイエナがいた。
名前は、ブブゼラだって。
「こんにちは」
(はい、こんにちは)
え?
ブブゼラがあいさつをした。
(きみ、ぼくの声が聞こえるの?)
え?
(声に出さないで、心の声で話すんだよ)
え?
「お母さん、ブブゼラがしゃべった」
「えー、気が付かなかった。
どんな鳴き声だった?」
「えっと」
「あ゛ー、あ゛ー」
ブブゼラが声を出した。
「あ、本当だ。
こんな声なんだ」
そうじゃなくて・・・。
お母さんにはブブゼラの『本当の声』が聞こえないんだ。
お父さんとお母さんが行ってしまったので、
ぼくも後をついていく。
なんだったんだろう。
(だから、オレは、もっともっと一緒に遊びたいんだよ)
(まあまあ、おねえさんだって、お仕事があるんだから)
え?
ライオンがしゃべっている。
(おい、そこのお前。
俺の声が聞こえるな)
聞こえない。
聞こえない。
(怖がらなくていい。
お前を食べたりしないから。
園長にオレは毎日楽しませてもらってるぜって、伝えてくれないか?)
ぼくは、早足で、ライオンの前を離れた。
なんなんだ?
「きりんさんにえさをあげられるわよ」
お母さんがにんじんをくれた。
(こんにちは。
にんじん、ありがとう)
わああああああ!
ぼくは、走って逃げた。
なんなんだ、今日は。
「大丈夫?」
お母さんが心配している。
「動物、嫌いになっちゃったの?」
ううん、違うんだ。
動物がしゃべるんだ。
お母さんに言ったら、変に思うかな?
「あっちに遊園地があるから、行ってみないか」
お父さんが観覧車を指さした。
「うん」
とりあえず、遊園地で落ち着こう。
ドラゴンの乗り物や、ライオンのジェットコースターに乗った。
楽しいけど、やっぱり、動物が気になる。
お昼ごはんのあと、もう一度、動物園へ行くことにした。
ぼくは、ハイエナのブブゼラを遠くからこっそり覗いた。
これだけ離れていると、何も聞こえない。
ぼくは、一歩ずつ近づく。
ゆっくり、ゆっくり、ブブゼラの前まで来た。
(さっきは、急に話しかけて、悪かったね。
話が分かる人間が来て、嬉しかったんだ)
(う、うん。
すごく、びっくりしちゃって、ごめんね。
ライオンやキリンさんの声も聞こえたよ)
(そうか。
キリンは、人間が好きだから、喜んだだろうな)
(びっくりして逃げちゃったんだ。人間が好きなの?)
(そうだよ。
ここにいる動物たちは、みんな人間が好きなんだ。
お世話をしてくれる人間も好きだし、
遊びにきてくれる人間も好きなんだ。
また、キリンに会いに行ってきたら?
きみと話がしたいと思うよ)
ブブゼラに言われて、キリンさんのところにきた。
キリンさんにえさをあげる人がたくさんいる。
ぼくの順番がきた。
キリンさんが、お辞儀をするように顔を近づけてくれる。
(こんにちは)
(こんにちは。
さっきは、逃げて、ごめんね)
(気にしてないわ。
戻ってきてくれて、嬉しいわ)
(いつも、ぼくたちの手が届くところまで来てくれるね)
(顔を近づけると、子どもたちが喜んでくれるの。
それが、嬉しいの)
(ぼくも嬉しいよ。
こんなに近くで、キリンさんを見たのは、初めてだよ。
首も、目も、きれいだね)
(ありがとう。
いつもお世話をしてくれるお兄さんも、褒めてくれるのよ)
(ぼくの先生は、褒めてくれない。
ぼくが、きちんとした小学生じゃないから)
(きちんとした小学生?
私には、よくわからないけど、
あなたがなりたいと思うなら、
今すぐになれなくても、いつかなれるわよ)
えさを持った子どもたちが、ぼくの後ろに並んでいる。
(ぼく、もう行くね)
(ありがとう。
とても楽しかったわ)
キリンに手を振って、別れた。
ブブゼラの所に戻る途中、ライオンの前を通った。
大きなあくびをしている。
名前を見たら、ゴーとオーブと書いてある。
(俺のカッコいい写真をいっぱい撮ってくれ。
あくび姿もいいって、褒められたばかりなんだぞ)
(はいはい。
昨日、おねえさんに褒められていたわね)
ライオンのゴーとオーブが話している。
(おい、お前。
戻ってきたんだな)
見つかってしまった。
(こんにちは)
(おう、こんにちは。
あいさつできるじゃねーか。
お前、偉いな)
(きちんとあいさつしましょうって先生が言うから)
(俺は、百獣の王だからな。
怖がらずにあいさつできるなんて、
お前は、すげーぞ)
(そんなことないよ)
ぼくは、下を向いた。
(百獣の王が褒めているから、素直に喜んでいいのよ。
普段、ゴーは、飼育員さんのことしか褒めないんだから)
オーブが優しい声で言う。
(そうだ、そうだ。
俺が認めたんだから、もっと喜べ。
その分、俺のことも、もっと褒めろ。
俺、褒められたら、もっと頑張っちゃうんだぞ)
ぼくは、思わず笑ってしまった。
ライオンの前は、いつの間にか、人だかりができていた。
(きみは、すごい人気者だよ。
話ができて、よかった。
ありがとう)
(お、おう)
ゴーは、少し照れていた。
ぼくは、ゴーとオーブにサヨナラをした。
ブブゼラの前に戻ってきた。
(どうだった?
動物園を楽しんでもらえたかな)
(うん。
キリンさんは、こどもたちを喜ばせるのが好きで、
ライオンは、飼育員さんが大好きだって、分かったよ。
もっと、もっと動物たちと話したいなあ)
(それは、良かった)
(ねえ、ブブゼラの話も聞きたい)
(ぼくは、この場所が好きなんだ。
安心して眠れる)
(安心かあ。
ぼくは、まだ小学校で安心できない。
ドキドキしちゃう)
(ドキドキした時は、空を見上げてごらん。
ぼくは、いつも空を見ている。
空を見ていると、落ち着くんだ)
(空?)
(ここにいる動物たちは、本来はみんな別々の場所で暮らしていた。
いろんな所から、この場所に集まった。
みんな、違う空を見ていたんだ。
ぼくの知らない空を、ペンギンが教えてくれる。
クマが教えてくれる。
みんなの空を思い浮かべると、なぜか落ち着くんだ)
ブブゼラが空を見上げた。
ぼくも空を見上げた。
大きな雲が浮かんでいる。
(みんな、違う空)
ぼくは、心の声で呟いた。
もう一度、うつのみや動物園にいる動物たちを思い浮かべた。
みんな違う気持ちを持っていて、みんな楽しそうだった。
(ぼくは、ぼくのままでいいのかな?)
(そのままで、いいんだよ)
(また、遊びにきてもいい?)
(もちろん。
いつでも、待っているよ)
【宇都宮動物園 荒井園長のご協力をいただきました】