歩いていく【創作童話】

夫が倒れた。

左半分が麻痺して、動かなくなった。

退院して、リハビリに通って、マッサージもして、

それでも、歩く時は、杖が必要だった。

 

夫は、天気の良い日は散歩に行く。

杖をついて、ゆっくり歩く。

途中、休憩をして、また、ゆっくり歩く。

 

春には、花を眺めながら散歩して、

夏には、朝の涼しい時間に散歩して、

秋には、紅葉を見ながら散歩して、

冬には、暖かい時間に散歩して、

一年、また一年、散歩の時間が続いていく。

 

孫が生まれた。

夫はおじいちゃんになった。

私がベビーカーを押して、夫と散歩する。

動いては、止まって、動いては止まって、

ゆっくり歩く夫のペースに合わせて歩く。

 

孫が1歳になった。

夫が散歩に出かけると、

孫も一緒に行くと、外を指差す。

まだ、靴を一人で履けない孫。

ヨタヨタ歩く孫。

杖をついて歩く夫。

夫と孫は、進む距離が同じ。

 

歩いては、何かを見つけて止まる孫。

孫が「ま、ま。」とアリを指差す。

夫が「アリのママが分かるのか。すごいなあ。」

と、嬉しそうに笑う。

荷物を運ぶアリも、ヨタヨタ歩いている。

アリのママも、頑張って歩いている。

ありのまま。

夫は、この体になっても、弱音を吐かなかった。

自分の体を、「ありのまま」受け入れた。

それから、ずっと歩いている。

 

「ずっと散歩を続けていて、良かったね。

 孫と散歩ができた。」

私が言うと、夫は目を細めた。

 

 

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