悪魔 【創作童話】

「死ぬな!」

体がビクンとなって、動かなくなった。

後ろから近づいてくる足音がする。

振り向きたくても、動けない。

金縛りにあったみたいだ。

一歩、一歩、近づいてくる。

足音が止まった瞬間、目の前にギロリと睨む目があった。

しばらく、その目が俺を見ている。

「このガキが!!

 お前が死んだって、1円の価値もねえ。」

男は、そういうと、俺から顔を離し、首をコキコキ回している。

ピタピタの黒い服に、黒いマント、この人は、誰だ?

「悪魔だよ。」

男はニヤリと笑う。

 

悪魔が、指を鳴らした。

俺の体の力が急に抜けて、動けるようになった。

「なんの価値もないから、死ぬんだ。」

俺は小さな声で言う。

「はあ。

 これだから、ガキはイヤなんだ。」

悪魔が大きな声で返す。

「悪魔なら、人の死を喜べよ。」

俺の声が震えている。

悪魔が、俺をじっとみている。

そして、胸ポケットから種を出した。

「これは、お前だ。

 お前は、芽すら出ていない。

 これから、芽が出て、花が咲いて、実がなる。

 どんな芽が出るか分からない、

 どんな花が咲くか分からない

 まして、実がなるかも分からない。

 そんなお前が死んだって、悪魔は喜ばない。

 花が咲くまで生きた人間が死んだ時、

 実がなるまで生きた人間が死んだ時、

 ああ、なんであんないい人が死んじゃうの?

 と人間たちは悲しみ、

 だろだろ?最高の人間が死んだ!

 と悪魔たちは喜ぶ。」

悪魔が、種をポケットにしまった。

「ガキ、かけっこで一位になったことは、あるか?」

「ない。」

「じゃあ、テストで100点とったことがあるか?」

「ある訳ない。俺には何もない。」

「死ぬ気はあるのに、運動する気も、勉強する気もないんだな。

 言っておくけど、お前は死なない。

 死ぬ価値がないからだ。」

俺の手の拳ぎゅっと握っていた。

 

「俺の居場所なんて、どこにもない。」

「はあ。

 ガキは、世界が狭すぎるんだよ。

 それで、お前の世界は、全部か?

 随分と狭いんだな。」

俺は悪魔を睨みつける。

「まあ、いい。

 どうせ、死ねない。

 お前は、生きるしかない。

 どこで、生きるかは、お前次第だ。」

 

目を覚ましたら、病院のベッドに寝ていた。

「本当に死ねなかったんだ。」

起きようとしても、あがれない。

体はボロボロみたいだ。

うつむいた顔で母ちゃんが病室に入ってきた。

俺の顔を見て、抱きついてくる。

「生きてて、良かった。」

母ちゃんがおいおい泣いている。

俺は生きていて良かったのか。

 

入院生活は暇だった。

毎日、空を見ているだけで、1日が終わっていく。

『お前は死なない。』

悪魔の言葉を思い出した。

じゃあ、どうやって生きていけばいいんだ。

『かけっこで一位になったことは、あるか?』

悪魔の言葉を思い出す。

今、この体じゃ、無理だろう。

『テストで100点とったことがあるか?』

ある訳ない。

今まで、一番良くても、35点だった。

無理だ。

『死ぬ気はあるのに、運動する気も、勉強する気はないんだな。』

頭の中で、悪魔の言葉が繰り返される。

なんだか、腹が立ってきた。

100点なんて、取れるはずがない。

だけど、すごく悔しい。

なんなんだよ。

悪魔め!

 

俺は、勉強を始めた。

次のテストは、中間テストだった。

なんの教科なら、狙えるか?

とりあえず、一通り、教科書を読む。

いつの間にか、寝てしまう。

次の教科書を読む。

寝る。

この繰り返し。

全然、頭に入ってこない。

やっぱり、無理なんだ。

「さすが、学生さん。

 勉強がんばっているね。」

看護師さんが、にこっと微笑む。

「俺、馬鹿なんで、全然分からなくて。」

「私も、勉強嫌いだった。」

看護師さんも、嫌いだったんだ。

でも、今は、ちゃんと働いているじゃん。

看護師さんは、オレに異常がないのを確認して、病室から出ていった。

「あの、何年生?」

隣のベッドの男性が声をかけてきた。

「中2です。」

「ちょっと、教科書を見てもいい?」

「あ、はい。」

男性は、教科書の中から、歴史の教科書をペラペラめくっている。

「もし、迷惑じゃなければ、歴史なら教えられると思うんだけど。

 あ、無理にじゃなくて。

 オレも、暇で。

 嫌じゃなければ。」

「お願いします!

 中間テストの範囲だけでいいんです。

 歴史の勉強だけでいいんです。

 どうしても、100点を取りたいんです。」

俺は、初めて人に頭を下げた。

 

俺と男性の勉強会が始まった。

男性は、俺がどんなに分からなくても、

分かるまで一緒に考えてくれた。

下手な絵で説明してくれたり、

図を一緒に書いたり、

漢字の練習もした。

 

そして、俺は、今までに無いくらい勉強をして、

中間テストの歴史だけを学校に受けにいった。

結果は、79点だった。

病室で、テストの結果を二人で見返してみる。

「あー、これが出たか。」

「そうなんです。」

「でも、すごいよ!

 本当に、よく頑張ったよ。

 次こそ、100点だよ。」

「そうですよね?」

よく分からないが、これが達成感?

100点をとっていなくても、気分がいい。

これが、生きているということなのか。

『ガキは、世界が狭すぎるんだよ。

 それで、お前の世界は、全部か?』

悪魔の言葉が急に聞こえた。

学校でも、家でもない。

病室という場所に、俺の居場所があった。

俺の笑える場所があった。

『どこで、生きるかは、お前次第だ。』

また、悪魔の声が聞こえた。

どこで、生きるかは、俺次第。

とりあえず、芽が出るまで頑張ろう。

次は、100点をとる!

 

 

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