とても暑い日、カラスは水浴びをするため、川にきました。
そこには、川で体を洗う白ウサギがいました。
白ウサギは、カラスに言いました。
「あなたも、体を洗いにきたの?
そんなに真っ黒じゃ、よーく洗わないとね。」
「いや、これは汚れではないので。」
白ウサギは驚いた様子で、カラスに近づいてきました。
そして、まじまじとカラスの体を見ました。
「キレイな黒だわー。羨ましい。」
「羨ましい?」
「だって、黒色なら、ちょっとした汚れは目立たないでしょ?
わたし、白い体は、もう嫌なの。」
カラスから見たら、とってもキレイな白い色でした。
「それに、あなた、とっても美しい黒ね。
光沢があって、素敵な色だわ。」
その夜、カラスは白ウサギの言葉を何度も何度も思い出していました。
とっても美しい黒。
カラスは、もう一度、白ウサギに会いたくなりました。
次の日、昨日の川に行ってみると、白ウサギが体を洗っていました。
その様子をカラスはこっそり見ていました。
それから、毎日、カラスは川に行き、白ウサギの様子を見ていました。
白ウサギは、きれい好きのようで、毎日川で体を洗っていました。
そんなある日。
白ウサギは、いつものように川で体を洗っていましたが、
元気がありませんでした。
体を洗い終わっても、川の縁に座ってしょんぼりしていました。
カラスは、思いきって声をかけました。
「やあ。」
声が裏返ってしまいました。
白ウサギは、ちらっとカラスを見て、また川の方を見ました。
それから、ため息を1つついて、
「みてこれ。」
と、体についた黒い汚れをカラスに見せました。
「洗っても、洗っても、落ちないの。
わたしも、あなたのような黒い体が良かったわ。」
カラスは、そっと白ウサギに近づき、言いました。
「ぼくの黒は、ただの黒じゃない。
月の光の黒なんだ。」
カラスは、誰にも話したことのない秘密を白ウサギに教えました。
「ぼくは、満月の日だけ、月に帰るんだ。
今度の満月をみてごらん。
月の中に、ぼくがいるよ。」
次の満月の夜、白ウサギは月を眺めました。
確かに、月の中に黒いカラスの影が見えました。
どうして、今まで気が付かなかったのかしら?
次の日、白ウサギは川でカラスが来るのを待っていました。
カラスが現れると、すぐに言いました。
「わたしは、汚れが目立たないから、
あなたのような黒い体になりたかった。
でも、あなたの黒は、光り輝く美しい黒。
月の光の黒なのね。
わたしも月にいったら、キレイな黒になれる?」
カラスは、とても困りました。
だって、白ウサギは、白い体なのです。
それに・・・
「月まで飛べる?」
カラスは、白ウサギに聞きました。
「練習するわ。」
白ウサギは、飛ぶ練習を始めました。
何度も転びましたが、練習をやめませんでした。
カラスは川で白ウサギを待っていましたが、
白ウサギは現れませんでした。
白ウサギは体が汚れていることが気にならないほど、
毎日毎日、飛ぶ練習をしていました。
白ウサギの体は、汚れが染み付いて、
次第に茶色になっていきました。
しかし、どんなに練習しても、月まで飛べるようにはなりませんでした。
茶色になった白ウサギは、
満月の夜、月のカラスを見上げていました。
「わたしじゃ、駄目なのね。」
白ウサギの目から涙がこぼれました。
次の日、白ウサギは川で体を洗っていました。
茶色になった体は、所々、汚れが落ちず、
白でもなく、茶色でもなく、なんとも言えない色になっていました。
そこに、カラスがやってきました。
カラスは、本当に美しい黒い体をしています。
その黒色を見ていたら、白ウサギの目から涙が流れました。
カラスは、そっと言いました。
「ぼくの代わりに満月の月に帰ってください。」
「でも、わたし、飛べないの。」
「ぼくが連れて行きます。
今夜、月に話してみます。」
「わたしも・・・月と話したい。」
その夜、カラスは月に言いました。
「お月様、お願いがあります。
ぼくは、もう月に帰りません。
その代わり、白ウサギさんが帰ります。」
「なぜ?」
月が聞きました。
白ウサギが勢いよく言いました。
「わたしは、カラスさんのように黒い体になりたいからです。」
カラスが続けて言いました。
「白ウサギさんの体が黒じゃなくても、
ぼくの代わりは、白ウサギさんしかいないです。」
「わかりました。
カラスさん、今までありがとう。
ウサギさん、これからよろしくお願いします。」
ずいぶん簡単に交代ができて、カラスは拍子抜けしてしまいました。
「ぼくの黒には、月の輝きが入っていると思っていました。」
「その通りです。
カラスさんの黒に輝きがあるのは、満月の光です。
私からのささやかなお礼です。」
月は、凛としたまま答えます。
「では、白ウサギさんも黒色になりますか?」
カラスが聞きました。
「さあ、どうでしょう?
白でも、黒でも、茶色でも、
ウサギさんは、ウサギさんでしょう?
満月でも、三日月でも、半月でも、
どんな形になっても、月には変わりないのと同じ。」
月の声が、優しく夜を包みます。
カラスは、小さな声で白ウサギに言いました。
「黒にはなれないかもしれない。
どうする?
今なら、やめられるのでは?」
白ウサギは、にっこり笑って言いました。
「いいえ。わたしが月に帰ります。
ずっと、カラスさんの黒になりたかった。
でも、黒ウサギでも、白ウサギでも、関係なかった。
カラスさんの黒がキレイなのは、
月の光のおかげだけじゃないわ。
カラスさん自身の輝きだったのよ。
わたし、どんな色でも輝けるようになりたいの。
カラスさん、ありがとう。」
それから、満月の日は、カラスがウサギを月に送っています。
寝る前に、カラスは、そっと満月を見上げます。
ウサギが月で餅つきをしているのが見えました。
「ウサギさん、楽しんでいるんだ。」
カラスは、安心して、眠りにつきました。