「今日から、歌いません。」
先生が言った。
わたしは、音痴だ。
歌のテストがなくなって、ホッとした。
合唱発表会も、なくなった。
音楽鑑賞会も、なくなった。
学校から、音楽が消えていく。
このまま、歌わずにすんだら、
わたしが音痴だということは誰にもわからなくなる。
なんて、ラッキーなんだ。
学校で、歌わなくなった。
学校で、ピアニカもひかなくなった。
学校で、リコーダーも吹かなくなった。
学校から音楽がなくなっていく。
ライブが中止になった。
ミュージカルが中止になった。
学校以外の場所でも、音楽がなくなっていく。
このまま学校から歌がなくなる?
このまま世界から歌がなくなる?
今まで、学校で歌っていたから、
音痴が少しは治ったのかもしれない。
これから、学校で歌わなくなったら、
音痴がひどくなるのかもしれない。
これって、やばくない?
でも、歌いたくない。
昼休み、図書室で本を選ぶ。
ふと、手にしたのは、手話の本だった。
本をペラペラめくる。
最後の方に、歌の歌詞に合わせた手話が載っていた。
「これだ!」
これなら、歌える!!
「先生、音楽の時間に手話で歌が歌いたいです。」
私は本を見せながら、先生に言った。
「それは、できません。」
先生は、即答だった。
なんで、ダメなんだろう。
声に出して歌うわけじゃないのに。
私は、本を図書室に戻した。
学期末に、お楽しみ会をやることになった。
仲良しの人とグループになって、
手品やクイズなどを披露する会だ。
「これだ!」
もう一度、チャンスが来た!
「先生、お楽しみ会のグループで、手話で歌いたいです。」
私は、少し控えめに言ってみた。
「同じグループの人と話し合って、
みんながいいよって言えば、いいですよ。」
先生は、にっこり笑った。
それから、同じグループの子に話した。
私のグループは、全員で三人。
二人とも、あっさり「いいよ」と言った。
三人で歌を決めて、手話の練習をした。
うっかり声を出して歌ってしまったときは、
他の二人が、シーっと指を口にあてた。
お楽しみ会当日。
音楽をかけて、声を出さず、手話で歌う。
こんな風に音痴を気にしないで歌ったのは、初めてだった。
こんな風に堂々と歌えたのは、初めてだった。
私達の真似をして、歌に合わせて手話をやっている子が何人かいた。
誰も声を出していないのに、一緒に歌っている気がした。
緊張したけど、今までで一番上手に歌えた。
それに、とっても楽しかった。
音楽が終わって、私達はお辞儀をする。
みんなの拍手が、いつもより大きく聞こえた。
私達が席につくと、先生が左腕を右手で撫で下ろしながら、
「とても上手でした。」
と言った。
それは、本に載っていた「上手」という手話だった。
先生が手話をしていたこと、
きっと、他の子は気がついていない。
先生と私だけの秘密のサイン。
そんな気がして、とても嬉しかった。