バーチャルの自分【創作童話】

「はい、お疲れさまでした。」

店員さんが僕からVRを外す。

「もし良かったら、お父さんも体験できますので、どうぞ。」

店員さんに勧められて、お父さんもVRをつけた。

お父さんは、どんな世界を見ているんだろう?

 

たまたま、お父さんと来たショッピングモールで、

VRの体験に誘われた。

ぼくが見たVRは、自分が大人になった世界だった。

大人になったぼくは、なぜか人助けばかりしていた。

バスの中で、妊婦さんに席を譲ったり、

階段を登ろうとしている人のベビーカーを持ってあげたり、

泣いている赤ちゃんを笑わせたり、

ぼくは、道徳の授業に出てくる良い人になっていた。

みんながぼくに「ありがとう。」と言った。

なんだか不思議で、温かい世界だった。

 

なのに、VRをつけたお父さんは、全然楽しそうじゃない。

お父さんから、どんよりオーラが出ている。

「はい、お疲れさまでした。」

店員さんがお父さんからVRを外した。

お父さんが、ひどく疲れていた。

ぼくの爽快感とは、あまりにも違う。

 

「お父さんは、どんな世界にいってきたの?」

「うーん。現実だろうな。」

と、ため息をついた。

お父さんは、自分が赤ちゃんになった世界に行ってきたという。

お父さんが、大泣きすると、白い目で見られる。

お父さんはベビーカーに乗っているだけなのに、チッと舌打ちをされる。

「みんなが迷惑そうにするんだ。」

お父さんは寂しそうだった。

 

帰り道、お父さんは、ぼくが見たVRの人になっていた。

バスで、お年寄りに席を譲ったり、

階段で、荷物を持った赤ちゃん連れの人に「大丈夫ですか?」と声をかけたり、

道徳の授業に出てくる良い人になっていた。

でも、お父さんは、ちっとも嬉しそうじゃない。

 

「お父さん、大丈夫?」

心配になって、声をかけた。

「大丈夫だよ。お父さんは、反省したんだ。

 赤ちゃんや子どもから見た大人って、

 こんなにカッコ悪かったのかって。

 お父さん、かっこいい大人になりたいって思ったんだ。

 でも、なかなかうまくいかないなあ。」

お父さんは、頭をかいた。

「ぼく、VRの中で、大人になったんだ。

 いっぱい人助けをして、ありがとうっていっぱい言われた。

 ぼく、いい大人になろうって思った。

 お父さんも、VRを見て、

 かっこいい大人になろうって思ったんでしょ?

 それで、いいんじゃない?」

お父さんが、ぼくの頭をガシャガシャして笑った。

ぼくはお父さんの手を外そうと、上を見た。

お父さんの手の向こう、見上げた空に、

鳥の群れが「くの字」で飛んでいる。

「お父さん、みて!」

ぼくは、鳥の群れを指さした。

「おお。VRのVみたいだな。」

お父さんが言った。

ぼくには、未来に進む「矢印」の形に見えた。

「ぼくたち、みたい?」

お父さんが首をかしげた。

「Vの字」(VRを見たあと)が「矢印」(未来に向かう)に。

そう思ったけど、お父さんには教えなかった。

 

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