ばあちゃんの畑仕事が終わるまで、マンガを読んで待っていよう。
オレは学校が終わると、ほぼ毎日、ばあちゃんの家にいる。
ばあちゃんっていっても、母ちゃんのばあちゃんだから、本当はオレのひいばあちゃんだ。
母ちゃんは、オレからばあちゃんの様子を聞けて、
オレは母ちゃんから「宿題、宿題」と言われないので、ウィンウィンの関係なんだって。
今日は、大切な伝言を頼まれている。
ばあちゃんが畑で取れた野菜をザルに入れて戻ってきたので、座る前に声をかける。
「明日は、10時に迎えに来ますって、母ちゃんが言ってたよ。」
少し間があって、
「そうけ。」
と、ばあちゃんは言った。
明日は、ばあちゃんの99歳の誕生日だ。
「あっくん、何歳になるんだ?」
「9歳。」
そして、オレの誕生日だ。
ただ、明日の主役は、ばあちゃんだ。
母ちゃんは、9年前の卒寿を、オレを妊娠出産していたため、ちゃんとお祝い出来なかったらしい。
これは、何回も何回も聞かされた話だ。
だから、母ちゃんは、明日の白寿のお祝いに、かなり気合が入っている。
でも、99歳って、そんなにすごいのか?
ばあちゃんが、いつもの座椅子に座ったので、オレはザルの中を覗き込んだ。
今日の収穫は、トマト、ピーマン、キュウリかあ。
「ばあちゃん、これ、食べていい?」
オレは、トマトを取って、ガブリと噛んだ。
トマトの汁が飛んで、思わず目を閉じた。
目を開くと、オレは田んぼに挟まれた砂利道に立っていた。
ここは?
「あっくん。」
振り向くと、同じ歳くらいの女の子が立っていた。
ん?なんだろう?
とっさに「ばあちゃん?」と思ってしまった。
「かけっこしよう。」
女の子は、「よーいドン」と言って、走り出した。
マジか!?
オレも慌てて走り出す。
思ってたより、女の子は速い。
あと少し、あと少しで追いつく。
オレと女の子が並んだ瞬間、バサバサっと音がして、緑色の田んぼの中から、大きな白い鳥が飛び立った。
オレも、女の子も、足を止めて、空を見上げた。
「鳥が飛び立つと、いい事があるよ。」
女の子が、ニコっと笑った。
なんとなく、ばあちゃんに似てる。
「ブッブー。」
と、クラクションが鳴って、後ろからトラックが来た。
トラックは、オレたちの横で止まり、窓からおじさんが顔を出して、女の子にトマトを2つ渡している。
「仲良く、食べな。」
「お父さん、ありがとう。」
女の子が元気よくお礼を言うと、トラックは走って行ってしまった。
「ね、いい事あったでしょ?」
女の子は、オレにトマトを渡して、もう一つをガブリと食べた。
受け取ったトマトは、太陽の光でキラキラしていた。
オレも思いっきりかぶりついた。
ブシュっとトマトの汁が飛んで、目を閉じた。
目を開けると、ばあちゃんの家だった。
ばあちゃんは、「はよ、拭きな。」と、オレにティッシュを渡してくれた。
次の日、レストランの中庭で、ばあちゃんの白寿のお祝いが開かれた。
空は眩しいほど晴れて、母ちゃんは「絶好のパーティー日和」と朝から上機嫌だった。
とっておきのサプライズがあるらしい。
ばあちゃんのテーブルの大きなケーキに、母ちゃんとオレでロウソクをさしていく。
「あっくん、ロウソク、一緒に消してな。」
「そうね、それがいいわ。」
母ちゃんが、ニコニコ顔で答える。
いやいや、オレは消さないよ。
今日の主役は、ばあちゃんだって、何度も言ってたよね?
ロウソクに火が灯り、バースデーソングが歌い終わった。
が、ロウソクの火は、全然消えない。
ばあちゃんの息が弱すぎる。
あー、もう!
オレは、横から思いっきり息を吹いた。
5回目くらいで、やっと最後の火が消えた。
その瞬間、バサバサっと音がして、箱の中から白い鳩が次々と飛び立っていく。
青い空に白い鳩が気持ちよさそうに旋回している。
「鳥が飛び立つと、いい事がある。」
ばあちゃんが空を見上げたまま、つぶやいた。
ばあちゃんと女の子の顔が重なる。
そうか、ばあちゃんもオレと同じ子どもだったんだ。
オレが生きた9年と、これから生きる90年。
全部で、ばあちゃんの99歳。
とてつもなく、すごいことじゃないか!
オレは、とびきりの笑顔で言った。
「うん、いいことあるよ。
これから先、いっぱい。
ばあちゃん、99歳、おめでとう!」