桃太郎は、イヌ、サル、キジと沢山の宝物を持って、鬼ヶ島から帰ってきました。
「本当に、よく頑張ったなあ。わしは、嬉しい。」
おじいさんは目を細めて、大きくなった桃太郎を見上げました。
「桃の中から出てきた赤ん坊が、こんなに立派になって…。」
おばあさんの目に涙が滲んでいます。
「僕は…、僕は、桃から生まれたのですか?」
「ああ、そうだよ。話していなかったか。
桃太郎、お前は、ばあさんが川から拾ってきた桃の中におったんだ。
よく泣く元気な赤ん坊だった。
あの時の桃は、まだ納屋においてある…。」
桃太郎は、おじいさんの話の途中で、納屋へ走り出しました。
静まりかえった暗い納屋で、桃太郎の心臓がバクバクとうるさく鳴っています。
納屋の片隅に埃を被った桃がありました。
桃太郎は桃を抱えて、川へ行き、きれいに洗いました。
桃の形をした硬い入れ物。
パカっとに開けると、中はとてもきれいでした。
この中に僕が入っていたんだ。
僕が小さかったころ、「ずっと一緒にいるよ」というと、涙を流していたおばあさん。
父さんと呼ぶことを許してくれなかったおじいさん。
桃太郎は、ずっと考えていました。
僕の本当の親は、誰なんだろう、どこにいるんだろう、と。
でも、愛情をかけて育ててくれたおじいさんとおばあさんには聞けませんでした。
桃太郎は、桃の入れ物を抱いて、おいおいと泣き出しました。
本当のことが知りたい。
本当のお父さんやお母さんに会いたい。
桃太郎は涙を拭き、しっかりとした足取りで、家へ歩いて行きました。
「おじいさん、おばあさん。
僕は、本当の父と母を探しに行きます。」
桃太郎は、おじいさんとおばあさんの目をまっすぐに見ました。
鬼退治に行くと言った時と同じ、強い目をしています。
「今日は、ゆっくり休んで、明日、出発すればいい。」
おばあさんは、桃太郎の背中を優しく、さすりました。
いつも通りの温かい手でした。
次の日の朝、おばあさんは、きび団子を桃太郎に渡しました。
朝、早起きして作ってくれたのです。
「気をつけて。たくさん、親孝行してください。」
「はい。行って参ります。イヌさん、サルさん、キジさんをよろしくお願いします。」
桃太郎は、丁寧に頭を下げました。
「桃太郎さん、私たちもお供します。」
イヌとキジは、声を揃えて言いました。
サルは、鬼から取り返した宝物の中から、黒い豆が沢山入った瓶を取り、
「これをお土産にしましょう。」
と、言いました。
桃太郎とイヌが先頭を歩き、キジが空から道を探し、サルは木々を渡り、川の上流を目指します。
みんなで、きび団子を食べ、川を横切り、岩を登り、かなり上の方まで来ました。
少しひらけた場所で、ひと休みしようと、イヌが言いました。
桃太郎は、空を見上げて、まだ会ったことのない家族のことを考えていました。
イヌは、近くの大きな石の上に立ち、叫びました。
「帰ってきたぞ!
我が息子と帰ってきたぞー!」
桃太郎は何が起こったのか分からず、ただ呆然とイヌの後ろ姿を見ていました。
しばらくして、岩の陰からイヌたちが、茂みの間からキジたちが、木々の中からサルたちが、どんどん集まってきました。
一緒に旅してきたサルが、持ってきた黒い豆をみんなに配り始めました。
黒い豆を食べたイヌ、キジ、サルが次々と人間の姿へと変わっていきます。
桃太郎は腰を抜かして、その場から動けません。
みんなが人間の姿になった事を確認してから、最後の三粒を桃太郎と一緒に来たイヌ、キジ、サルが食べました。
男の人になったイヌがこれまでのことを桃太郎に話しました。
「お前が赤ん坊のとき、この場所に鬼が来た。
私たちの大切な食べ物や宝を持っていこうとした。
私たちは、必死で抵抗したが、鬼に黒い粉をかけられて、動物の姿にされてしまった。
ただ一人、おくるみに包まれたお前だけは、黒い粉がかからず、人間のままだった。
鬼がいなくなった後、私たちは桃の形の舟をつくり、その中にお前を入れて、川に流した。
成長したお前が私たちを助けにくると信じて。
息子よ、ありがとう。」
周りから拍手と歓声が上がりました。
桃太郎と一緒にいたイヌは父さん、キジは母さん、サルは兄さんでした。
桃太郎は、鬼退治の時から今までのことを思い出していました。
無口で先頭を歩くイヌさん、小さな体で僕を守ろうとしてくれたキジさん、ふざけて僕を笑わせてくれたサルさん。
大変な道のりだったけど、みんなと過ごした時間は、心地よくて、温かかった。
「家族」だったんだ。
ずっと会いたかった家族。
ずっと知りたかった真実。
桃太郎は、やっと、ここに辿り着きました。
桃太郎は、爽やかな笑顔の兄さんと涙を拭きながら笑う母さんに支えられて、立ち上がりました。
「ただいま、父さん、母さん、兄さん。」
四人は、ぎゅっと抱き合いました。
「おかえり、桃太郎。」