大前神社でお参りをした。
時間は七時半。あと一時間以上ある。余裕だな。
今日は、友達と一万人プール、略してマンプーで遊ぶ約束をしている。
オープンの九時に入り口で待ち合わせだ。
昨日の終業式で、他のメンバーは、車で行くって言ってた。
でも、オレは、父さんも、母さんも仕事だから、自転車でいくことにした。
リュックの中身をもう一度確認する。
弁当、水筒、バスタオル、タオル、水泳帽子、財布、下着、ビニール袋。
水着は着ているし、帽子も被っている。
「オッケー。出発だあ。」
自転車で、風をきって走る。
小学校にも自転車で行けたらいいのに。
鉄道を超えて、田んぼの道をひたすら進む。
近くに川があるからか、風が冷たい。
自転車は、楽だな。
グングン進む。
ずっと真っ直ぐ進んできたけど、道、合ってるよね?
急に心配になり、自転車を止めて、後ろを見た。
見ても、合っているか、自信がない。
回りは、田んぼだけが広がっている。
曲がる目印は、一個目の信号。
まだ信号はなかったはず。
時間を見る。まだ八時にもなっていなかった。
母さんが、「水分補給を忘れないで。」と言っていたことを思い出した。
リュックから水筒を出し、ゴクゴク飲む。
飲んだら、急に汗が出てきた。
今日は、スポーツドリンクにして、正解だったな。
太陽が眩しい。早くプールに入りたいなあ。
ふと、道路を通り過ぎていく車から手を振っている人が見えた。
誰だ?
黒いワゴンがすぐ近くで止まった。
中から、ジュンが出てきた。
「もう走ってたんだ。早いよ。」
「ああ、うん。ジュンは何してるの?」
「あっくんとチャリで行こうと思って、探してた。」
ジュンの母さんが車から黒い自転車を下ろしている。
「本当に大丈夫?二人とも、乗せていこうか?」
ジュンの母さんが心配そうに聞く。
「大丈夫。バイバイ。」
ジュンが手を振る。オレは、軽く頭を下げた。
二人でジュンの母さんの車を見送った。
「朝、一緒に行こうと思って、あっくんのお母さんに連絡したら、
もう出たって言われて、焦ったよ。」
「いやあ、自転車だから、早めに出たんだ。」
「もう、マンプーに着いてるかもって思った。」
「さすがに、それはないよ。
でさ、道って、こっちで合ってるよね?」
ジュンはキョロキョロと辺りを見てから、グッドと親指を立てて、笑った。
ジュンは、去年、お兄ちゃんと何回かマンプーまで自転車で行ったことがあるらしい。
その時は、お兄ちゃんの後ろをついていっただけだって言ってた。
でも、初めて自転車で行くオレからしたら、かなり心強い。
ジュンの後ろをついていくことにした。
「マンプー、オレ、今年は初めて。」
ジュンがちらちら後ろを振り向きながら話す。
「オレも。今日、マンプー行くから、昨日さ、今日の分のゲームやっといた。」
「いいなあ。オレんち、一日一時間って決まりだからな。
あ、宿題、半分終わった。」
「マジ?」
「今週、全部終わらせて、あとは遊ぶ。」
「ジュンは、そういうタイプだよね?」
「まあね。」
オレは、毎日、1ページずつやるタイプ。
だから、夏休みの最後まで宿題が残っている。
昨日は、もちろん、計画を立てただけで、1ページもやってない。
目印の信号が見えた。
え?ジュンが真っ直ぐいこうとしている。
「ジュン、ここ、曲がるよね?」
ジュンがキョロキョロと周りを見て、
「あっぶねえ。あっくん、あんがと。」
と、言った。
振り向いたジュンの顔に汗が流れた。
「ちょっと、休憩しよう。」
オレがいうと、ジュンが額の汗を拭きながら、自転車をおりた。
オレたちは、邪魔にならないように自転車を端に止めて、水筒を飲んだ。
「ジュン、帽子は?」
「忘れた。」
オレは、ゴソゴソとリュックの中からタオルを出した。
「これ、被ったら?」
ジュンは、タオルを広げて、頭の上に乗せた。
風が吹いて、タオルが落ちそうになった。
ジュンが慌てて手で押さえる。
「しばったら?」
ジュンが顎の下でタオルを結んで、口をとんがらせる。
「ひょっとこ。」
「なにそれ?」
オレが笑うと、ジュンも笑った。
ジュンが頭おおいのようにタオルを後ろで結んで、
掃除の時間に流れる歌を口ずさんだ。
「えー、今から掃除っすか?」
オレが突っ込みを入れる。
「あっくん、校長室掃除ね。」
「やったあ。チョー楽じゃん。」
ジュンが笑って、オレが笑う。
ジュンが一緒で良かった。
オレ一人だったら、今ごろバテてたわ。
もう一口ずつ水筒を飲んで出発した。
ジュンと並んで走る。
「オレ、海のプール、好き。」
「波のプールのことね。」
「流されるプールも、楽しみ。」
「流れるプールね。」
ジュンがボケて、オレがツッコミを入れる。
「オレは、ウォータースライダーかな。」
「あっくん、あれが好きなの?あれ、最後に鼻に水入るよな。」
「入る!入る!鼻がツーンってなる。」
ジュンがひっくり返るほど、ガハハと笑った。
笑いながら走って、走りながら笑って、
コンビニの駐車場で二回目の休憩をした。
オレが、トイレをすませ、ジュースを買って戻ると、
「明日、秘密基地、行く?」
と、ジュンが言った。
「ジュンは?」
「行く。」
「じゃあ、行く。」
「あっくんと、友達でよかった。」
「秘密基地があって、よかった。って聞こえたけど?」
ジュンが口の中に入っていた飲みものをブワッと吹き出した。
図星か?
ジュンは、小学校四年生の冬に転入してきた。
最初の頃は、一人で本を読んでいることが多かった。
だから、オレは、大人しい子だと思っていた。
その年は、珍しく大雪が降って、体育の時間に雪合戦をした。
ジュンとオレは、気がついたら、二人でタッグを組んでいた。
交代で雪玉を作り、交代で投げた。
これが結構、上手くいった。
それから、ジュンと話すようになって、
五年生になった時、オレが密かに作った秘密基地に招待した。
木と木の間がそこだけポカンと空いていて、
入り口が狭いけど、中は子どもなら、五人くらい座れる広さはある。
座りやすいように地面を平にしたり、
その辺の長い枝で屋根を作ったりした。
初めて、ジュンに秘密基地を見せた時、
ジュンは「すげー!すげー!」の連続で、大いに喜んでくれた。
それからも、ちょくちょく二人で秘密基地で過ごした。
ある時、ジュンが、ボソッと言った。
「オレ、転校したばかりの頃、本ばっかり読んでたの、覚えてる?」
「あー、なんとなく。」
「前の学校でさ、オレ、みんなから「バカ」って言われてて。
だから、こっちの学校では、少し賢くみせようと思って。」
「へえー。」
「あっくんは、オレのこと、一回もバカって言わないね。」
「バカだと思ってないからね。
バカと天才は紙一枚の差らしいよ。
ジュンは天才かもよ。」
ジュンは、一瞬、キョトンとした顔をしたあと、
「あっくんと友達で良かった。」
と、言った。
コンビニを過ぎれば、マンプーは、もう少しだ。
太陽が上がっていくのがわかる。
どんどん暑くなっている。
オレたちは、お互いを応援しながら、自転車をこいだ。
ジュンのおかげで、八時五十分に、マンプーに着いた。
入り口で先に着いていた友達が手を振っている。
駐輪場に自転車を止めて、ポケットから財布を出そうとした。
あれ?ない。リュックの中を探す・・・ない。
「どうした?」
ジュンが心配そうにオレを覗き込む。
「財布がない。さっき、ジュースを買った時は、あった。」
「じゃあ、コンビニじゃない?」
「オレ、もう一回、コンビニまで行ってくる。
ジュンは他の人と先に入ってて。」
オレは、大急ぎで自転車をこいだ。
額から汗が流れる。
帽子が風で飛びそうだった。
オレは、帽子を取って、自転車のカゴに押し込んだ。
コンビニに自転車を止めて、走って店内に入った。
レジをしている店員さんに声をかける。
「すみません。黒い財布、落ちていませんでしたか。」
店員さんが、レジの下の方から黒い財布を出した。
オレの財布だ。良かったあ。
「ありがとうございます。」
それだけ言って、また急いで自転車に戻る。
急がなきゃ、急がなきゃ。
気持ちが焦って、鍵が入らない。
「あっくん。」
振り向くと、ジュンがいた。
声が出ない。
「あった?」
ジュンの顔を見て、やっと呼吸ができた。
「うん。ジュン、きてくれたんだ。」
「友達じゃん。」
そうだ。ジュンは、こういうことをさらりと言う奴だ。
自転車でマンプーについたら、ほかの友達も入口で待っていた。
「お待たせー。」
オレの代わりに、ジュンが大きな声で言った。
あとで、入口で待っていた友達に聞いたら、
ジュンの説明は、全然違っていた。
オレがコンビニに戻ったあと、ジュンは、入口の友達に
「オープンまで、まだ時間あるから、井頭公園をサイクリングしてくる。
いっぱい汗かいて、プール入ったほうが気持ちいいじゃん。」
と、言ったらしい。
すでにジュンは、汗ダラダラの顔をしてたのに。
ジュンがオレのことをかばって言ったのかどうか、分からないが、
とっさに、それを思いついたジュンは、やっぱり天才なのかもしれない。
だけど、オレには、ジュンがバカでも天才でも関係なかった。
オレと一緒に自転車でマンプーまで走ってくれたジュン、
オレを追いかけてコンビニまで来てくれたジュン、
ジュンにはオレにはない優しいところがたくさんある。
ジュンには恥ずかしくて言えないが、
ジュンが友達で良かったと思った。