赤ちゃんロボット【創作童話】

政府が少子化対策として、

結婚後3年経っても子供がいない夫婦に

赤ちゃんロボットのお世話を半年間させるという政策を出した。

そして、私達夫婦にも、三回目の結婚記念日にその連絡がきた。

 

私達夫婦は共働きなので、

赤ちゃんロボットをお世話するために育休をとらなければならない。

仕事を続けたい妻と私は、役所に抗議に行った。

役所には、私達と同じような夫婦が既に抗議している最中だった。

すごい剣幕のその夫婦と冷静な役所の人との温度差を見て、

私達夫婦は、この政策を受け入れるしかないことを悟った。

 

それぞれの会社には役所から連絡がいっており、

育休を取らせなかった場合は、会社側に罰則が与えられる。

そのため、会社から育休を勝手に決められてしまう。

仕事の引き継ぎを終え、半年間の育休が始まった。

 

初日に役所の人が赤ちゃんロボットとお世話セットを持ってきた。

赤ちゃんロボットは、本物の赤ちゃんそっくりによく出来ている。

赤ちゃんが泣いたら、ミルクを口にあてるか、オムツを替える。

オムツを替える時は、おしりをふく。

それでも泣き止まない時は、抱っこする。

など、一通りのやり方を伝授して、役所の人は帰っていった。

 

役所の人から渡された赤ちゃんロボットを抱っこしている妻は、

どこから見ても、本物の「ママ」に見えた。

昨日まで、あんなに「こんな政策は反対!」と怒っていたのが嘘みたいだ。

本物そっくりの赤ちゃんロボットに「かわいい」と笑いかけている。

赤ちゃんロボットは、こんなに精巧に作られているのに

お世話セットのミルクやオムツがオモチャみたいで笑えた。

 

それから、1ヶ月間。

地獄のような日々が続いた。

赤ちゃんロボットは、昼夜関係なく泣いた。

本物の赤ちゃんは、こんなに泣かないだろう。

嫌がらせなのか、故障なのかと思ったが、

きちんとお世話をすれば、また可愛い顔で寝てしまう。

赤ちゃんロボットが寝ると、私達も倒れるように寝た。

 

赤ちゃんロボットが来て、ちょうど1ヶ月後、

役所の人が来た。

1ヶ月ごとに様子を見に来ると初日に説明されたらしいが、

あまりにも、あっと言う間に時間が過ぎて、忘れていた。

 

お世話をしてみた感想を聞かれたり、

私達の精神的、肉体的なことを心配してくれたりした。

自分たち以外の大人と話すのが久しぶりだと気がついた。

妻もメイクするのが久しぶりだと言っていた。

話が一段落すると、

役所の人は、赤ちゃんロボットのプログラムの変更をした。

1ヶ月に1度来るのは、

こうやって赤ちゃんロボットを成長させるためなんだと分かった。

今後のお世話に入浴が追加された。

入浴の注意事項を説明して、役所の人は帰っていった。

 

2ヶ月目。

赤ちゃんロボットとの生活に体が慣れてきたのか、

赤ちゃんロボットの寝ている時間が増えたのか、

少し楽になってきた。

赤ちゃんロボットが時々笑うようにもなり、

やっと子育ての楽しさがわかるようになった。

ただ入浴は大変だった。

裸にしただけで泣き出したり、

湯船に落とさないように気をつけたり、

風呂場で寝てしまったり、

本当に赤ちゃんというのは自由な生き物なんだと思った。

 

3ヶ月目。

「時々、散歩に連れて行ってくださいね。」

と、役所の人からベビーカーを渡された。

そういえば、赤ちゃんロボットと外に行ったことがなかった。

買い物は、夫婦のどちらかが行って、

どちらかが赤ちゃんロボットと留守番していた。

最初、妻はベビーカーでの散歩を嫌がった。

赤ちゃんロボットだというのが恥ずかしいと言った。

確かに最近は買い物から帰ってくると、

「かわいい赤ちゃんがいたの。」

と、聞いてもいないのに赤ちゃんの話ばかりするようになった。

この間は、「本物の赤ちゃんは、もっと可愛いのかな。」

と、赤ちゃんが欲しい発言まで出ていた。

 

この政策が始まってから、出生率が上がったとニュースで言っていた。

赤ちゃんロボットのお世話中に妊娠をして、

そのまま育休を続けるという人もいるらしい。

それは、この赤ちゃんロボットがとても精巧で、とても可愛いからだと思う。

 

妻が散歩に行かないというので、

私一人で赤ちゃんロボットと散歩に行く準備を始めた。

赤ちゃんロボットをベビーカーに乗せたら、泣いた。

一度、部屋に戻り、ミルクやオムツなどを終え、ベビーカーへ。

また泣いた。

結局、その日は散歩には行けなかった。

 

4ヶ月目。

役所の人が来た。

「ベビーカーで散歩に行っていますか?」

と聞かれた。

実は、1度も行っていなかった。

何度も行こうとした。

でも、ベビーカーに乗せるだけで赤ちゃんロボットは泣いた。

「いえ。まだ。」

私が答えると、役所の人が「そうですか。」と言った。

なぜだろう。

その「そうですか。」が、なぜか、ひどく責められている気がした。

そして、私の中で何かがプチっと切れた。

「私たちだって、ちゃんとやってます。

 赤ちゃんロボットのために、自分の時間を削って・・・

 ミルク、オムツ、抱っこ、入浴、

 それだけでも大変なのに、散歩なんて無理です。」

今まで溜まった愚痴が口から溢れ出た。

「だいたい、プログラムがおかしい。

 本物の赤ちゃんって、こんなに大変じゃないですよね?」

私の横で、妻が泣き出した。

それにつられて、赤ちゃんロボットも泣き出した。

私は、それ以上、何も言えなかった。

部屋に泣き声が響いた。

しばらく黙っていた役所の人が、やっと口を開いた。

「ご夫婦とも、本当によくお世話をしてくださっています。

 疲れやストレスも溜まってきていると思います。

 本物の赤ちゃんは、もっと大変です。

 ミルクの飲む量、ウンチの色、息をしているかなど、

 もっと気をつけないといけないことがあります。

 でも、本物の赤ちゃんは、

 この赤ちゃんロボットの100倍、1000倍

 可愛いです。」

 

役所の人が帰った後、私達は初めて赤ちゃんロボットと散歩に出かけた。

役所の人がプログラムを変更したせいだろうか、

今日は、すんなりベビーカーに寝かせることができた。

赤ちゃんロボットの様子を見ながら、散歩する。

こんなところに花が咲いているね。

こんな道があったんだね。

こんなところに公園があるんだね。

いつもと違う会話をする。

小さな子供が、ベビーカーに近づいてきた。

後ろからママらしき人もいる。

「赤ちゃん?」

と、子供がベビーカーを指さした。

「ごめんね。赤ちゃんロボットなんだ。」

私が申し訳ないように答えると、その子は笑って言った。

「うちと同じだ。

 私のお姉ちゃんは、赤ちゃんロボットだよ。」

その子のママが続けていった。

「赤ちゃんロボットがいたから、

 この子が生まれてくれたような気がして・・・。

 赤ちゃんロボットがいなかったことにはしたくなくて、

 赤ちゃんロボットをお姉ちゃんって呼んでるんです。」

「赤ちゃん、かわいいね。」

その子は、そう言って、赤ちゃんロボットに笑いかけた。

 

5ヶ月目。

天気が良い日は、赤ちゃんロボットとよく散歩をした。

同じように赤ちゃんロボットを散歩をしている人と友達になった。

同じように見えて、赤ちゃんロボット同士の顔は違うような気がした。

ちゃんと、自分の赤ちゃんロボットがどっちなのか分かった。

違う赤ちゃんロボットを抱っこすると、なぜか泣かれた。

そんなところまで、ちゃんと作られていることに驚いた。

 

あと1ヶ月で、育休が終わる。

赤ちゃんロボットのお世話が終わる。

6ヶ月も一緒にいると、

赤ちゃんロボットの性格が分かった。

うちの子は、本当によく笑う。

「やっぱり返さなきゃ駄目なの?」

妻は、赤ちゃんロボットを抱っこしながら呟いた。

「延長とかできたらいいのに。」

 

赤ちゃんロボットが来てから、

この政策について私なりに調べた。

延長は出来ない。

赤ちゃんロボット終了後、1年以内に妊娠する夫婦が多い。

それだけではなく、里親や養子縁組を希望する人は増えた。

ただ、自分たちが子育てに向かないことが分かり、

仕事に専念することにした夫婦もいる。

赤ちゃんロボットとの別れが辛すぎて、鬱状態になる人もいる。

この政策には、賛否両論だ。

 

最終日。

役所の人が赤ちゃんロボットとお世話セットの回収に来た。

お世話セットも半年で随分増えた。

本物の赤ちゃんには、もっと必要な物があるんだろう。

役所の人が、1つ1つ回収漏れがないか確認していく。

「大変お疲れ様でした。

 最後に、それぞれアンケートにご記入お願いします。」

妻が名残おしそうに抱いていた赤ちゃんロボットを

役所の人に渡した。

 

「終わっちゃったね。」

役所の人が帰ったあと、妻がポツリと言う。

部屋の中にあった赤ちゃん用品がなくなって、

ぽっかり空いたスペースが寂しそうだった。

「アンケートの最後の質問、どっちにした?」

「《はい》にした。」

「私も。」

 

アンケートの最後の質問。

「今後、赤ちゃん連れの人に対して、

 優しさを持って、接することができますか?」

 

 

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