クマチに顔をうずめて泣いた。
「わー、わー」泣いた。
どれくらい泣いたか分からない。
「大丈夫?」
クマチの声がして、私は、ゆっくりと顔をあげた。
そこはブラックサンタの家ではなかった。
整理整頓されたキレイな部屋だった。
私は暖炉の前に座って、クマチを抱きしめていた。
「ここは、どこなの?」
私は、顔に残った涙を拭きながら聞いた。
「サンタクロースの家だよ。ぼくが生まれたところ。」
そこは、とっても温かかった。
とっても静かで、とってもホッとできる場所だった。
私は、クマチを抱きしめながら、
暖炉の火をぼーっと眺めていた。
これから、どうすればいいんだろう。
暖炉の火は、パチパチと音をたてて燃えている。
「クマチ・・。」
そう呼びかけた時、人の気配を感じた。
私が振りかえると、そこにカップを持った赤い服のサンタクロースがいた。
私は、目を擦った。
うそでしょ?
本物のサンタさん!?
サンタクロースは、私の隣に、ゆったり腰掛けた。
持ってきたカップを「どうぞ。」と渡し、
私の頭を優しく撫でた。
「この世界に、悪い子なんて、一人もいないんだよ。
こどもは、みんな良い子。」
サンタクロースの声は、とても優しい声だった。
サンタクロースは、クマチの頭も優しく撫でた。
「さあ、飲んで。体も、心も、温まるよ。」
サンタクロースがくれたホットミルクは、
温かくて、甘かった。
窓の外に、一番星が静かに光っている。
「クリスマスが終わるよ。どうする?」
クマチが私の顔を覗き込む。
「うーん・・・」
私は、カップの中のホットミルクに視線を落とした。
ホットミルクは、サンタクロースのひげみたいに白かった。
サンタクロースの笑顔みたいに、温かかった。
ホットミルクから、サンタクロースの優しさが、
「みんな良い子」という優しい声が、聞こえた。
「私、もう一度、ブラックサンタに会いにいく。
ママを取り戻す。」
私は、ホットミルクを一気に飲み干した。
「わかった。ぼくを抱きしめて、強く願って。」
私は、強く、強く願った。
絶対に、ブラックサンタからママを取り戻す!
目を開けると、ブラックサンタの家の中にいた。
オモチャは散らかったまま。
ジュースはこぼれたまま。
本当に汚くて、寒々しい部屋だ。
サンタクロースの部屋とは、大違いだ。
私は、サンタクロースの言葉を思い出していた。
『悪い子はいない。こどもは、みんな良い子』
私は、やっとやるべきことが分かった。
私は、オモチャを1つ1つ丁寧に片付けた。
こぼれたジュースをポケットからティッシュを出して拭いた。
「誰だ?オモチャを盗みに来たのは?イーヒッヒッヒ。」
奥からブラックサンタが出てきた。
ブラックサンタの声はガラガラだ。
私は手を止めず、片付けに集中した。
ぬいぐるみは、ぬいぐるみ同士、仲良く座らせた。
車やトラックは、棚にキレイに並べた。
「何をしている。やめるんだ!ゴホゴホッ。」
ブラックサンタが怒鳴った。
私は片付けをやめない。
だって、こどもは、みんな良い子。
私も良い子、だから・・・。
私は、おままごとセットをかごに入れた。
「やめろ!今すぐ、やめるんだ。ゴホゴホッ。ゴホゴホッ。」
私は、片付けをやめて、きちんと正座をして、
ブラックサンタにお願いした。
「私は、悪い子ではありません。
だから、ママを返してください。」
「クッソー!!!
ママは返す。
早く出ていけー!」
ブラックサンタは大声で怒鳴ると、
怒って部屋の奥にドカドカと行ってしまった。
「やったあ!」
私は、クマチを抱きしめた。
クマチ、やったよ。やったよ!!
私は、クマチを強く、強く抱きしめた。
目を開けると、そこは私の部屋だった。
窓の外には、星が輝いている。
「トントントン。」
部屋をノックして、ママが入ってきた。
「何?電気もつけないで。」
ママが部屋の電気をつけた。
私は、ママの顔をマジマジと見た。
ママだ!ママだ!私のママだー!!
「ママー。ママー。会いたかったよー。」
私はママに思いっきり抱きついた。
「ごめんね。今朝早く、おばあちゃんから体の調子が悪いって連絡がきて、
おばあちゃんを病院へ連れて行ったり、なんだかんだ忙しくて、
連絡もできないし、帰りもこんなに遅くなっちゃって。
それより、あなた大丈夫なの?
ずっと部屋で寝てるってパパが心配しているよ。
具合でも悪いの?」
ママが、おでこに手をあてた。
私は、ママの手を振り払いながら言った。
「ママがいるから、もう大丈夫。」
「それなら、良かった。
すぐ、ご飯の用意をするからね。」
ママが部屋から出ていったので、
「ねえ、ママを取り戻したよー!」
と、クマチと一緒に喜びを分かち合おうとした。
でも、クマチは、もう返事をしなかった。
「クマチ、まだ話せるでしょ?
ねえ、クマチのおかげで、ママを取り戻せたんだよ。」
どんなにクマチに話しかけても、
どんなにクマチを揺すっても、
クマチは何も言わなかった。
魔法が残っていても、話しちゃダメ・・・なんだね?
クマチの可愛い声が耳の奥に残っている。
私は、クマチを優しく抱きしめた。
「クマチ、助けてくれて、ありがとう。
クマチも、私も、みんな良い子。」